使用したアンケート用紙はこちらです。
144人の学生がアンケートに答えてくれました。このうち北海道出身者は126名でした。「動詞語根+rasar」を述部とする自発構文が用いられる地域は北海道だけではありません。北東北地方でもこの形式を使います。そこで、今回は北海道出身者からのデータだけでなく、青森県と岩手県出身者のデータも考察の対象としました。北海道・青森県・岩手県出身者の合計は136人でした。
以下に示すデータは、佐々木が自分で集計したものです。まだ、入力ミスをチェックしていない段階のものです。チェックが終わった後で改訂する予定です。分析も変わってくる可能性があります。
動詞は内在アスペクトによって
動作動詞と完成動詞を比べてみると、動作動詞から逆使役用法をつくることを不自然と感じる人が多いのに対し、完成動詞から逆使役用法を作ることが自然と感じる人が多いことがわかりました。


「くべる」のような位置変化を含意する完成動詞で許容度が低いのは、「くべる」という動詞が使用語彙ではなくなりつつあるためかもしれません。ある学生がアンケート用紙に「くべるってどういう意味ですか」と書いてきました。最近の暖房では薪や石炭をストーブに放り込むことはほとんどありません。
動作よりも完成の内在アスペクトで逆使役用法が成立しやすいことは、句レベルでアスペクトが決まる構文のデータからも明らかです。

「押す」「引く」はそれ自体では行為動詞です。しかし、組み合わされる目的語によっては動詞句全体で完成のアスペクトになることがあります。「背中を押す」のアスペクトは動作ですが、「判子を押す」は紙への印の出現というかたちで状態変化を含意しますので完成のアスペクトになっています。グラフから明らかなように「判子を押ささる」は「背中を押ささる」よりも許容度が高くなっています。「リヤカーが引かさってる」が「背中が押ささってる」よりも許容度が高いのは位置変化を含意するからかもしれません(池田寿子さん、柏崎真司くん、斎藤惇くんとの議論のなかで指摘されました)。こうしたことを考えると、
対象の状態変化を含意しない動詞は行為動詞だけではありません。感覚動詞や感情動詞も対象の状態変化を含意しません。これらの動詞でも逆使役用法は不自然と判断される傾向があります。

これらの動詞が表す文でも状態変化は生じます。ただし、状態変化は対象ではなく経験者(ここでは他動詞文の主語)の方で生じます。これらの動詞で逆使役用法が成立しにくいのは上の一般化から予測できることです。
完成動詞に-rasarを付けて派生した自発述語の逆使役用法は、「ている」形が結果状態の解釈になります。達成動詞に見られる特性です。しがたって、アンケート結果をみると、自発構文の逆使役用法は、
完成の他動詞と達成の自動詞の対応関係は、いわゆる有対他動詞・自動詞(語彙的に対応する他動詞と自動詞のペア)でも見られます。では、他動詞分と自発構文の逆使役用法の関係が標準語の自他対応と完全に並行的かというとそうではありません。内在アスペクトに関しては並行的ですが、完成動詞の使役イベントの性質が異なります。
完成動詞は次のような論理構造を持っていると考えられています(Dowty 1979など)。
[do' (x)]CAUSE[BECOME pred' (y)]後半部分の[BECOME pred' (y)]は達成の論理構造です。ある行為(動作)の論理構造と達成の論理構造が因果関係を表す述語で結ばれている構造です。
標準語の自他対応は、完成の他動詞が行為の様式に焦点を与えていない場合に成立することが指摘されています(早津 1989; 佐藤 2005)。これに対し、北海道方言の他動詞と自発構文の対応関係は、行為の様式が指定されている場合にも成立します。これは、完成動詞から派生した自発構文で許容度の高いものの中に、「書かさる」「塗らさる」「(判子が)押ささる」「拭かさる」といったものがあることから明らかです。
他動詞と形態的に関係のある自動詞的表現には、
「〜するために」という目的を表す節は、自発構文とは共起しない傾向があるようです。

原因を表す要素との共起関係に関しては、「てある」構文と自発構文の許容度が低く、二つの構文の中では「てある」構文の方がより許容度が低いことがわかりました。

経験者と対象の間に分離不可能所有の関係が成立する他動詞文や自動詞文があります。「彼は転んで足を折った」「彼は転んで足が折れた」のような表現です。「てある」構文と自発構文はこのような構文でも許容度が低いことがわかりました。

三つの自動詞文の統語的性質をまとめる次のようになります。
このように三つの自動詞文は統語的振る舞いが異なります。
三つの自動詞文の統語的性質 構文 目的節との共起 原因との共起 経験者との共起 「てある」構文 ○ × × 自発(逆使役) △ △ △ 有対自動詞 ○ ○ ○
「わかす」「乾かす」のような動詞に-rasarが付属する際には、「サ」が一つ抜けた形式「かわさる」「かわかさる」が好まれることがわかりました。自発動詞は、動詞語根に-rasarを付加するかたちで形成されます。この語構成から期待される「わかささる」や「かわかささる」は好まれません。
この「サ抜き」現象は/s/で終わる語根の動詞全てに適用されるわけではありません。「干す」や「押す」のような二音節の動詞の場合「サ」を一つ抜いた形式よりも語構成から期待される「ほささる」「おささる」が好まれます。

「サ抜き」現象は、[...sasa...]という同じ音節の連続を回避する現象と考えられます。2音節動詞で「サ抜き」がブロックされるのは何らかの韻律上の最小限性によるものではないと考えています。これについては、さらに調査した上で分析を公にしたいと思います。
Dowty, David. 1979.
Word Meaning and Montague Grammar. Dordrecht: Reidel.早津恵美子. 1989.
「有対他動詞と無対他動詞の違いについて」『言語研究』95. 231-256.Sasaki, Kan, and Akie Yamazaki. forthcoming.
Two Types of Detransitive Constructions in the Hokkaido Dialect of Japanese. In Werner Abraham and Larisa Leisio (eds.), Passivization and typology: form and function. Amsterdam: John Benjamins.佐藤琢三. 2005.
『自動詞文と他動詞文の意味論』笠間書院.